そこで男が見たものは

物語・作曲 おおたけ こうじ

「第1の扉」

男はとても豊かな世界に生きていた。
この「豊かな」という表現は難しい。

男の生きている世界の豊かさとは、自然が豊かなわけではない。
男の生きている世界の豊かさとは、心が豊かなわけではない。

男の生きている世界の豊かさとは、お金が豊かなだけである。

しかし、男にはそんなことなどたいした問題ではない。
日々稼ぎ出すお金を数えては大変満足に日々を暮らしている。

その日も男は、いつもと同じように家族と夕食をとり、いつもと同じように風呂に入り、いつもと同じように歯を磨き、そしていつもと同じようにベッドにもぐりこみ、いつもと同じように目をつむった。

今日の出来事を振り返ったり、明日の予定を考えたりする時間、いつもなら。
今夜は様子が変だ。目の前にだだっ広い薄暗い空間が広がっている。

男は慌てて目を開けた。いつもと同じベッドの中、いつもと同じ天井。
男は安心して再び目をつむった。しかし、その目の前には先ほどのだだっ広い薄暗い空間。男は慌てて目を開けようとしたが、強い力に引き寄せられるかのように、意識がその空間に吸い込まれていく。

空間の向こうの壁には扉がいくつもある。
数えてみると、ぜんぶで9つ。
しばらく考える。一番左の扉を選んだ。



返事は無い。再びノックをする。



やはり返事は無い。男は恐る恐る取っ手を回し、扉を開けた。
扉の向こうはひどく散らかった家の中だった。家の中だが不思議なほど明るい。
男は扉の向こうを覗いてみた。明るい理由はすぐにわかった。天井がないのだ。
やせこけた女の人が一人赤子を抱いたままうつろな眼差しをこちらに向けている。

手前に新聞が落ちている。なにげなく目を落とすと、読めない異国の文字だが、2008年2月3日の日付だけはわかった。

遠くで何かが爆発する音がした。



「第2の扉」

男は女に会釈をすると静かに扉を閉めた。体が小刻みに震えているのが分かる。
何か見てはいけない世界を見てしまった気がしてならない。

扉を閉めたその空間は相変わらず薄暗く、男は先ほどの世界を思い返していた。

日付は今日、文字の違う異国の世界、爆発した音、天井の無い家、うつろな眼差し。

男は2つ目の扉の前に立った。



静かに扉を開ける。
賑やかな空気に圧倒された。煙たい。すぐ目の前に葉巻を吸う男たち、その向こうではお酒を酌み交わす男、部屋の奥には楽しげに談笑している女たちもいる。真ん中にひときわ華やかな衣装を着た男女が満面の笑みで踊っている。
どうやら結婚式のようだ。

男は何か引っかかった。どこかで見覚えがある。あの女性、そしてこの建物。

そうだ、さっきの扉の向こう側と同じ世界だ。しかし、先ほどの女性とはまるで違う。女性の肌は艶やかでとても楽しげだ。そして何より、天井から素敵な照明が釣り下がっている。

左の机には祭司らしき男性がしゃれた紙の一番下に署名をしている。
真ん中の男女が署名したばかりの結婚宣誓書のようだ。

そっと覗き込むと、日付は2006年2月3日になっていた。



「第3の扉」

不意に目の前の年老いた男がしゃがれた声でお酒の入った陶器の器を渡してきた。
男はいっきに飲み干すと、少しいい気分になって扉を閉め、すぐに隣の扉をノックした。



開けてみるとそこは何やら会議室。しかめ面のネクタイ姿が9名。

その中の一人が言う。
「あの国は我々の宝である。なぜなら皆さんもご存知の通り、あの国には有益な地下資源が大量に埋まっているのだ。しかしだ、問題なのはあの国はどうもわれわれの言うことを聞かない。あの政府は危険な思想の塊であぶなっかしい。」

もう一人が言うには、
「あの政府を転覆させて、われわれの言うことを良く聞く政府樹立を急いだ方がよいでしょう。」

さらに次の一人が言う。
「何か理由を付けて殺してしまいましょう。例えば、まぁ、そうですね、いつものパターンですが、あの政府は国を軍国主義にしようとしている、などはいかがでしょうか。」



奥の部屋も何やら会議室のようだ。軍服姿の男がこれまた9名。
こちらの部屋は熱狂的だ。中央の席に座っている星のたくさん付いた男が一言話すたびに、まわりの男たちは「そうだ!」と大声で相槌を打っている。

その星のたくさん付いた男が言う。
「最近、あの国はわれわれへの注文が多い。このままではわれわれの財産が守られなくなってしまう。まずは、国民に対して団結を訴える。全てのメディアにしっかりと活動させよ。」



「第4の扉」

男は先ほどのお酒の酔いなど一気に冷め、暗い気分で扉を閉めた。
隣の扉は何があるのだろう。男は不安になってきたが、第4の扉をノックしてみた。



男が4つ目の扉を開けると、中学生になった自分の息子がいた。息子はゲームに夢中で男に気が付かないようだ。

手に持った光線銃を次から次と現れてくるゾンビの頭を目掛けて打ちまくっている。
破裂していくゾンビと共に響き渡る悲痛な叫び。

一見、目を背けたくなる光景だが、なんてことはない、どこの家庭にもある今や当たり前の光景だ。
男も昔、自分の憎たらしい上司を思いながら遊んだことを思い出し、笑った。


その向こうには、知らない青年がいる。息子と同じくらいの年頃の青年だ。
テレビ演説を見ながら、手を振りかざし雄たけびを上げている。時に激しく、テレビを指差し、隣にいる弟らしき子供に熱く語っている。



「第5の扉」

あの青年は明らかに何かに駆り立てられている。
男はそう思いながら扉を閉めた。

隣の扉を静かにノックして開ける。



そこは潜水艦の司令室のようだ。
白と青の軍服を着た男たちが言い争っている。

「私にはこれを発射する正当な理由が理解できません。」
「これは命令だ。軍の最高司令官による直々の命令だ。軍の規則をもう一度よく読んでみよ。」
「しかし、上官、このボタンを押すということは。」
「もう一度言う。二度と同じ事を言わせるでない。これは命令だ。ボタンを押したまえ。」



「第6の扉」

潜水艦から物凄い轟音と共に、巨大なミサイルが次々と発射されていった。
男は静かに扉を閉めた。

隣の扉はどこかで見覚えがある。ノックをして開けてみる。



そうだ、自分の家の居間の扉と同じだ。扉の向こうもまったく同じ景色。
妻が感心しながら何やら報道番組を見ている。

妻は言った。
「ねぇねぇあなた、これ見てみてよ。今の兵器ってすごいわね。目標の建物だけをきちんと壊すことができるのよ。ほら、この映像。見ててよ、ね、真ん中の建物だけ壊れたでしょ。すごいわぁ、ハイテクってすばらしいわぁ。
こんな戦闘機なんですって。コンピューターのかたまりみたいね。」



「第7の扉」

男は妻に一言「そうだな。」とだけ言うと扉を閉めた。
隣の扉は静かに男が来るのを待っている。



扉を開けると広場に出た。広場の前には大きな建物がある。

建物では男も女もガラス窓にテープを貼る作業で大忙しだ。

その建物はすぐにピンと来た。先ほど破壊されたはずの建物だ。
案の定、戦闘機がたった一機、高い上空を悠々と飛んできた。

街の人々はたった一機の戦闘機など、恐れはしない。作業をしていた人々はしばらく空を見上げていたが、すぐに作業に戻っていった。

街のあちこちから銃声やら、大砲の音が鳴り響く。当たるはずも無い戦闘機に向かって、気合を打ち続ける。

戦闘機から黒い点が近づいて来るのが見えた。
誰かが何かを叫んだのが聞こえた。人々は悲鳴を上げながら建物の中へと逃げ込んでいく。

黒い点はやがて細長い棒に見えたかと思うと、目の前の建物を吹き飛ばした。


戦闘機は何事も無かったかのように悠々と飛んでいる。


川の向こう側の街に無数の細かいものが降り出した。
聞こえてくる爆発音、悲鳴。

普通の街が破壊されていく。
普通の人々が殺されていく。



「第8の扉」

男は頭から血が引いていくのを感じた。少しめまいがする。
扉を閉めた男は少し休みたいと思った。しかしさらに隣の扉は静かに男が来るのを待っていた。



そこにはあの女がいた。あの結婚式のあの女だ。
女は生まれたばかりの赤ん坊を抱きながら、部屋の中を激しく行ったり来たりしていた。ときおり不安げに天井を見上げる。
隣の部屋から、聞き覚えのあるしゃがれた声がする。
女は立ち止まり、隣の部屋に向かって「大丈夫」と叫んだ。
そして、もう一度小さな声で「大丈夫」とささやいた。

不意に、大きな爆発音がして、隣の部屋が明るくなった。うめき声がする。
女は悲痛な叫び声と共に隣の部屋へ走りこんでいった。赤ん坊の激しい泣き声が部屋に響いた。



「第9の扉」

男のほほを大粒の涙が流れていく。男は扉を閉めたが、どうにも涙が止まらない。
第9の扉、それは雄雄しくそびえたっている。何か威厳を放っているかのようにそこで待ち構えている。



そこでは多数の人々が、手をつなぎ人間のくさりを作っていた。
背の高い人も低い人も、肌の色の違う人たちも、髪の毛の長い人も縮れた人も、大人も子供も。

全ての人が祈っている。

平和。

全世界の人類は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、全ての権力の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、全ての紛争を解決する手段としては、永久に、永久にこれを放棄する。

男は黙って扉を閉めた。ただ、今までとは違う。扉の向こう側に入り向こうから閉めた。そして、そこの人と手をつなぎ、くさりの一人となった。

--終--
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