平和を願ういのちの音楽会

2010年のコンサートに寄せられた言葉

イラクで見た支援の「成果」

 2003年のイラク戦争直前から医療支援活動を始め、8年目に入りました。
設立時から一貫してのご協力に、心から感謝を申し上げます。
 いのちの音楽会の際、壇上で直接に御礼を述べさせていただいたイラク人医師だけでも5名にのぼります。
この5名を含む総勢16名のイラク人医療関係者は、いずれも豊橋の皆様のご支援がなければここ愛知・名古屋で技術習得することのできなかった方々ばかりです。
また、彼ら以外にも多くのイラク人(医療関係者、患者とその家族)が皆様に御礼を申し上げていることを、お伝えしたいと思います。
 2009年5月、5年半ぶりのイラク訪問が実現しました。
「イラク国際がん会議」への招待でしたが、私にとっては、豊橋の皆様を含む多くの貴重な浄財をお預かりしての支援が、現地で実際にどのように実を結んでいるか、とりわけ医療支援の中心を「物から人・技術へ」に切り替えて後の成果がどうなっているのかを知りたい、というのが大きな訪問目的でした。
そして、この目で見ることのできた「成果」はすばらしいものでした。
イラクに戻った医師らは、直接的な医療技術だけでなく、日本の医療システム自体をイラク復興に生かそうと創意工夫をしています。
「イラク国際がん会議」の主力メンバーの多くは「愛知・名古屋研修組」でした。
看護師らも、日本での研修のすべてをビデオにおさめ、それを用いて何度も研修会を開いていました。
日本での支援が、イラクの人々の将来の命をも紡ぎ続けているのだと実感できたことは、たいへんに幸せでした。
 イラクで、保健省大臣から直接
「あなた方の研修支援に心から感謝しています。今後ともどうか可能なかぎり多くのイラク人医療関係者を受け入れて下さい。彼らこそが将来のイラクを作るのですから。」
と声をかけられ、感激のあまり即座に「もちろんです。」と答えてしまいました。
 日本帰国後、予算のことを考えて正直頭が痛くなりました。
しかし、7年間の支援があれほどはっきりとイラクで実を結んでいることを知ったからには、そんなことも言っておられません。
何とかしよう、何とかなるさ!それに、私たち日本人は、イラク戦争に加担し今なお多くの犠牲者を生み続けていることに責任があるんだから!
 残念ながら、イラクの状況がマスコミに取り上げられることはほとんどなくなりました。
しかし、「アメリカの戦争」の被害は甚大で、放射能汚染などもすさまじく、今なおたくさんの人々が命を落としています。
一人でも多くのイラク人医療研修を実現するために、あとしばらくの間ご協力をお願いいたします。

  セイブ・イラクチルドレン・名古屋  代表 小野 万里子

 

ごあいさつ

 本日は平和を願ういのちの音楽会2010にご来場くださいましてありがとうございます。
 2003年イラク戦争が開戦し、多くの方々が犠牲になり、今なお白血病などの病気に苦しむ子どもたちの事を思うと胸が苦しくなります。
今では日本のニュースではほとんど見ることが無くなってしまったイラクの現状に想いを馳せ、医療支援をくださいました多くの方々にこころより御礼申し上げます。
ありがとうございました。
 こうして平和の中、音楽を楽しむことが出来る喜びをかみしめながら、そしてそれが世界に拡がることを願いながら会を進めてまいりたいと存じます。
 最後になりましたが、この度ご出演くださいます皆様方、スタッフの皆様、多くの方々に無償でご参加ご協力をいただいております。
こころより感謝申し上げます。
 どうぞ皆様最後までごゆっくりとお楽しみくださいませ。

  平和を願ういのちの音楽会実行委員会 実行委員長 大竹 広治

 

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